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憲法記念日に寄せて。

自分のブログを15年前から立ち上げて、毎年の憲法記念日に,5月3日には、その自身のブログに、自分なりに、その時々の憲法についての感慨を含めて、自論を展開してきた。
大学時代、法学徒の一員として、3年から4年に亘り、憲法問題を扱うゼミに参加して、此の興味ある「日本国憲法」を学んできた。 卒論も「憲法第九条」の条項を扱った。
それだけに、大学卒業後も、憲法について関心を持っており、ブログについては、年1回であるが、その時々の国民の世論なども参考にしながら、自分なりの論陣を述べてきた。
憲法発布後、77年の経過とともに、日本の政治態勢、世論の動向なども、微妙に変化してきている事を自覚している。
 
 今年は、昨年以来の何回も長くて辛い入院生活を得て、やっと4月初めに自宅に帰るることができた、病状との数々の多くの病と闘病してきた疲れと、未だ治療中の両足の指の痛さに耐えながらの治療を受けているテイタラクであるし、此のところ、正月に引き続き、此の5月の連休にも、娘が川崎から帰省してくれており、何かと時間的も余裕もなかったことで、3日の記念日の自論の書き込みができなかった。
ここに期日は遅れたが、改めて書き込んだ次第である。

 今年の当地の地元紙の南日本新聞の3日朝刊の報道を具に読むことが出来た。
県内の方々の4月の世論調査結果が明らかに報道されている。
 その結果、憲法改定には、時代に合わなくあったという声が60%も超えていることが特徴となっている。
いつも問題となっている第9条の戦争放棄と戦力不保持の条項は、見直しが必要があるとの意見が若干ながら半数を超えている状況である。
 これは鹿児島県民を対象にした世論調査の結果であるので、必ずしも日本国全体の国民の意志動向を反映しているとは即断できないが、やはり、時代に削ぐわくなくなっているとの与論の傾向も理解する必要はあろう。
 此の憲法制定後、太平洋戦争後の日本国民の願いと展望で制定された世界に冠たる第九条の戦争放棄、戦力の不保持の条項であるが、政府自民党の意向を反映した長年の自衛隊の戦力増強の施策によって、防衛予算も毎年のように増強されている事熊が「時代に合わない」という国民の意向になりつつあるという事だと結論として、得られる国会対策であろう。
  自民党の憲法改定意向の長年に亙る、軍備増強予算の実施などの「成果」とも言える世論の動向とみられると言っても過言でないと思われる。
例えば、武器製造・輸出などを国会で審議もせずに、強引に「閣議決定」して、実施している政府の方針などが、それらに該当するであろう。
はたして、此のような重要な事項を、自分らの都合の良いように、簡単な自論を展開しての「閣議決定」の下に、施策の判断に及んで居る事、全く国会無視の最たるモノであろう。
自国憲法を、維持・順守する義務がある政府、自民党、公明党の立場の人達が、自ら憲法違反を犯す事を平気でやっている国は少ないであろう。
このような簡単に持論を展開することに、微妙に反応してきた一般国民7も「時代に合わない」などとマスコミの設問に応え方も、考えなおして良いであろう。
なぜなら、最近のメデヤの論調も、右傾化の傾向が顕著であるとの指摘も言われており、公平性に欠く持論を展開しているメデアも多いとの評判である。

 憲法問題を扱う事については、此の日本国憲法の成立過程、内容をよく理解されてから、自分なりの考えと比較しながら、アケートに応えたいモノである。
全世界の中でも、基本的人権の尊守、戦争放棄、三権分立を高らかに表示した憲法は存在しない自負を持って、自国の憲法を判断してもらいたいものである。



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足指の傷による治療。

 昨年鞍からの入院続きの入院内容を書いたところでも触れましたが、糖尿病の合併症で、足先や手先などへの末梢神経系列への麻痺現象で、魚の目などの皮膚病などが悪化して、此の2月の入院中、、遂に、切断手術を受けました。
その頃から、急に今まで、血豆などはいつの間にか消えていたのが、潰瘍になりやすくなって、今も両足で合計6か所の足指の傷が広がり、先生の指導で、毎日、その部分などの洗浄、消毒、薬付けなどを行っています。
人工透析の日、火、木、ど は人工透析中に透析病院でやってもらっていますが、従来はその他の日は、自宅で家内がやってくれていました。  大変な作業ですので、医師の特別指示で、健康保険による訪問看護師の自宅での治療が受けられることになり、先週から、此の訪問看護師の治療を受けています。  これは、月、水、金曜日だけで、日曜日は、以前と変わらず、家内が担当となります。
 先日の、退院後2回目の検査日では、傷を診た主治医から、右小指のように、切断する必要もあるとのい診断でした。
自宅に居ても、常時、痛みが強くなって来ており、8時間おきに痛み止めの薬を飲んでい有様です。
 昔、村田英雄、春日八郎、三橋道也などの歌手がいましたが、彼らは3人とも、糖尿病で、ベテランになってからは、村田英雄などは、酒飲みであり、小指からj切断、後では遂に股下まで切断しても、椅子に座りながら、舞台公演をやっていました。
自分は、酒は飲めない体質なので、八十路を超えてきた段階で、此のような合併症が出てきたのかな?と思っています。
 兎に角、此の歳になって、恐ろしい合併症が次々と現れるとは、ビックリです。
痛さをこらえる必要があり、日常生活も、また、憂鬱になりがちです。  この痛さから解放するには、死ぬ方が良いかな?とも考えられて、ほんとに、厭世観に襲わます。
 息子、娘一家にも、くれぐれも、糖尿病にならないように、日頃から、食べもの、体重管理、健康診断、採血で判明、などを怠らないように指示しています。  今回の心筋梗塞手術と言い、糖尿病は一生、ついて回るという事で、身体をボロボロにしてしまう、恐ろしい病気です・
 皆さんも、糖尿病だけには、ならないように、ご注意下さい。

自宅に帰って。

今年の1月の末に入院して、やっと、4月のはじめに退院でき、自宅にての普段の生活に戻れた。
実に2か月余りの病院生活であった。
 
 自宅のある田舎の様相は、春爛漫の景色であり、季節の移ろいを実感している。
鹿児島市のコンクリートジャングルの病室からようやく抜け出して、青芽鮮やかな里山を仰ぎ見ながら、生きて帰れてよかったとの心情である。

南薩摩のここ南薩地方は、桜満開、つつじ、さつきモ同時に咲き始めて、さらに自宅周囲を囲むレッドロビンの赤い新芽も含めて、百花繚乱で、色彩豊かな風情である。
既に、南九州に多い楠の木のモクモクとした雲が湧くごとくの淡い黄緑色の新芽が、例年見ているが、今年はことの外、わが目を楽ししませてくれているようだ。
良く言われていることだが、日本は四季がはっきりしていて、春夏秋冬をそれぞれ堪能できうることは、ホントニありがたい。

自分はオノコの平均寿命を遥かに超えているし、ここ数年は病との闘いに明け暮れてきた。
 今まで、毎年の糖尿病を含めて、30回以上の入院をこなしての自慢ではないが、病気のデパートとも自覚している。
現在は、息切れも酷く、肺機能ガ低下している事で、常に、鼻から酸素吸入しているし、足がダメで、家の中でも電動車椅子を使っている。まさに、半人以下のオノコとなっている。
 従って、普段の生活では、家内におんぶにダッコの生活である。  家内とは、同級生同士の結婚であり、彼女もここ数年来、腰が曲がり気味であり、両足の膝は人工関節となっている事で、歩行がままならない。
まさに老老介護というか?、専ら、自分が老いた家内に苦労を掛けている有様である。
長い入院生活で考えたが、この辺で、家内も開放させなくては?とも。
 タダ、しかし、自宅yに帰り、落ち着いてみると、もうちょっとばかり、この自然あふれる環境の中で、生きてゆきたいとの欲求が出てきた。

 もう、今後は、生産的な外部などへの行動などは、一切できないだろうが、従来からの、本、音楽、ブログ、ラインなどは、何とか自身で、楽しむことが出来よう。
此の身体のテイタラクは、あと今年中か?、残りの日数は少ないことは確かであろう。
それまで、此の煩くて手のかかる爺さんの面倒を何とかみてもらいたいとの感慨である。
お互いに年寄りになつて、言いたい放題の口喧嘩の応酬であるが、それもやむ得ないだろう。  二人しかいない間で、黙りこくよりも、言い合った方が会話もできるだろう。
 もう、自分としてもふるさとに帰って25年、散々やりたい事を実行して、好きな事を充分楽しんできた。
思い切リの人生だつたと喜んでいる。
 今や、わが人生に悔いなしの心境である。

久しぶりの書き込みです!!

  去る1月28日から、なんと65日間、鹿児島市の中央病院に入院しており、この4月1日に、ようやく退院できました。
最初は、昨年末に施術した、心筋梗塞の冠動脈のカテーテルによる化石のj除去とステントなどの装着で、1週間ほどの予定でした。

 ところが、心臓の方の手術はうまくできたのですが、ここ2年来の右足小指にできていた、魚の目が、皮膚の表面はなんでもないのですが、内部が痛くなって、先生に診てもらぅたところ、内部が骨まで腐っている事が判明し、結果、そこを切断することになりました。
小指ですが、骨まで一挙に切り落とすとは、ビックリでしたが、これも糖尿病の合併症の一種であることを自覚させられ、手術を受け入れました。
 その後、切断した後の傷の治療などや、j従来からの息切れ対策などで時間を要していました。
そのうちに、病室内での食欲不振などが続き、はじめての経験ですが、血液検査で、白血球の極端な低下がt続き、その後、発熱が39℃まで上がり、その高熱がなかなか収まらず、結果、肺炎と診断されて、平熱に下がるまで、10日間ほどかかりました。
良く言われることですが、老人性の肺炎は足が速い、つまり、急激な重篤なj状況になりやすいという事です。
此のような病状が、もし自宅で起きたら、おそらく、亡くなる確率が増える事でしょう。  運よく入院中でしたので、先生はじめ病院のスタッフの方々の力で、快方に向かったと思われます。
 その間、毎週、火、木、土の3日間は、そこの透析部屋での正味4時間の人工透析をこなしました。
さらに、3月末となって、昨年来4回にわたって肺や心臓の下に溜まっている、水を抜く施術をしてきましたが,CT検査でも水が溜まっていましたので、退院後の不安を少しでも解消すべく、先生にお願いして、退院前日に、左胸下から、針を刺して、水を抜いてもらいました。

 その様な、想ってもいなかった病状が頻発して、入院が伸びてしまったわけです。
晴れて、4月1日に、無事、自宅yに帰りました。
 入院時は、真冬の1月末でしたが、退院時は、自宅周辺は桜もほころび、家の周りを囲んでいるレッドロビンの赤い新芽も迎えてくれました。
この垣根は、5月になると、葉は緑に変色します。  その対比が面白い垣根です。
玄関前に聳える、ふるさとの山、愛宕山の楠の木も、淡い柔らかい新芽が萌えていて、自然の風情を満喫しています。

 これからは、自宅でゆっくり、のんびり、少なくなっている余生を楽しみたいと望んでいます。
 
プロフィール

本○どん

Author:本○どん
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 60歳で花のお江戸での出稼ぎを終えて、20年前に故郷に羽根を下している、中期高齢者(今や、後期高齢者)のオノコです。
 家族は恋女房と二人家族で、子供は東京、福岡にそれぞれ住んでおり、それぞれ家庭人としてなんとか育っています。

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